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ユーラシア旅行社で今、評判の海外旅行情報
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ユーラシア旅行社で行く、シルクロード世界遺産の旅
玉門関

シルクロードのオアシス都市・敦煌は、中国三大石窟の一つで世界遺産にも指定されている「莫高窟」で有名ですが、郊外にも多くの見所が残されています。
その一つが、かつて西域との国境の役目を果たしていた「陽関」です。
唐代の詩人、王維は、遠い西域へ旅立つことへの恐れの気持ちを「西、陽関を出ずれば故人無からん」と詠んだそうです。
今では漢の時代ののろし台が残るだけの遺跡ですが、かつて鉄の武器を置いていた為、赤く染まった土が、郷愁を誘います。
また、「玉門関」と呼ばれる関所跡も残されています。
かつては、重要な軍事施設としても使われており、軍隊が駐屯していたと言われています。
今年、6/15から6/25にカタールのドーハで開催される世界遺産委員会で、シルクロードに残る史跡の数々が新たに世界遺産に登録される予定ですが、「玉門関」も追加される予定です。

是非、この機会にユーラシア旅行社のシルクロードツアーでお出かけください。

2014年、新世界遺産ツアー、新世界遺産旅行はユーラシア旅行社で

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ユーラシア旅行社のグアテマラツアーで行く、チチカステナンゴのインディヘナ市
グアテマラ、チチカステナンゴ

グアテマラのチチカステナンゴは、インディヘナの市で有名です。
ここでは、とうもろこしなどの野菜、穀物など様々なものが売られています。
中でも目を引くのが、カラフルな織物の数々。
どれも、本当に手の込んだ刺繍がほどこされていて、とても美しいのです。
全部が昔と同じように手作りというから本当に驚いてしまいます。
模様も型があるわけではなく、女の子は子供のときから母親に教えてもらい、頭の中で覚えているのだそうです。
さすがは、暦や天文学など、驚くような技術を持っていたマヤの人々の末裔です!

ユーラシア旅行社で行く世界の市場を巡る旅はこちら

ユーラシア旅行社で行くグアテマラツアーの魅力はこちら


ジャカランダの季節に行くユーラシア旅行社の南アフリカツアーでマンデラ氏ゆかりの地も訪ねる
プレトリアのジャカランダ

ユーラシア旅行社の南部アフリカツアーでは、ジンバブエ・ザンビア・ボツアナ・南アフリカなどの国々を巡ります。
世界の三大瀑布の一つでもあるビクトリアの滝、象が有名なボツワナのチョベ国立公園、そして、南アフリカでは、かつて昨年お亡くなりになられたマンデラ氏も収容されていたロベン島やアフリカ大陸最西南端、喜望峰と毎日がハイライトの連続です。
10月頃、春を迎え、プレトリアのジャカランダの花がお楽しみ頂けます。
ユーラシアの旅行社のジャカランダの季節に行く南アフリカツアーでは、長年にわたりジャカランダの観光にご案内してきたからこそのこだわりをたっぷり組み込んでいます。

プレトリアのジャカランダは約7万本もあると言われています。
ジャカランダの街路樹を総距離にすると、なんと650kmにもなるそう。
右を見ても左を見ても、前を見ても後ろを振り返ってもどこまでもジャカランダの道が続いています。
花が落ちて紫色の絨毯が敷かれた並木道をちょっぴり歩けば甘い香りに包まれます。

さて、アフリカ原産ではないジャカランダは1888年にある農夫が南米より持ち帰った2本の苗木を植えたことに始まります。
ユーラシア旅行社の南アフリカツアーでは、このプレトリアで最初に植えられたファーストジャカランダや珍しい白いジャカランダ、更にはジャカランダを見ながら優雅にランチにティータイムなど、徹底的にジャカランダを楽しみます。
日本から遠く離れたアフリカでジャカランダのお花見なんていうのはいかがですか?

ジャカランダの季節に行く!ユーラシア旅行社の南アフリカツアーでマンデラ氏ゆかりの地も訪ねる



ユーラシア旅行社のシルクロード河西回廊ツアーで世界遺産を訪ねる
嘉峪関

シルクロードの一部である、河西回廊とは、東は甘粛省蘭州の北西に位置する烏鞘嶺から西は玉門関までの約1000kmにわたる地域を指します。
一般的なシルクロードツアーでは、敦煌・西安間を飛行機で移動してしまう場合が多いのですが、ユーラシア旅行社のシルクロード河西回廊ツアーでは敦煌・蘭州間をバスで走覇します。
河西四都と呼ばれる武威・張掖・酒泉・敦煌を中心に、仏教壁画や塑像を間近にご覧頂くことができます。
中には1000年以上前の壁画でも、赤・緑の明るい色から繊細な肌色まで変色せずにきれいに残っているものもあります。

さて、皆様は、「シルクロード・河西回廊ツアー」と聞いて、どんな旅行を想像されますか?
デコボコ道を何時間もバスに揺られる旅行を想像される方も多いかもしれません。
確かに、ほんの一昔前まではそうだったのですが、現在は、河西回廊の主要都市間は概ね快適な高速道路が走っています。

車窓からは、おそらくキャラバンが行き来していた時代とあまり変わらないであろう祁連山脈と北山に挟まれたゴビ灘に、漢代と明代の長城も望むことができます。

ユーラシア旅行社のシルクロード河西回廊ツアーで訪れる訪問地については、これまでも西安の「始皇帝陵」・「兵馬俑」、最西端の関所「嘉峪関」、敦煌の「莫高窟」などが世界遺産に登録されていました。
そして、ユーラシア旅行社のシルクロード河西回廊ツアーで訪れる観光地の蘭州の「炳霊寺」、敦煌郊外の「玉門関」、西安の「大雁塔」などが、本年、新たに世界遺産に登録される予定です。

是非、ユーラシア旅行社のシルクロードツアーで新世界遺産を誰よりも早く訪問下さい!



ユーラシア旅行社の西オーストラリアツアーでワイルドフラワーウォッチング!
オーストラリアのワイルドフラワー


世界中で最も乾燥した大陸と言われるオーストラリア大陸。
いつもなら赤茶けた大地とブッシュが広がるだけの光景が、春の一時だけ、色鮮やかな花々の楽園と化すのをご存知でしょうか?
日本が秋を迎える9月頃、西オーストラリアにワイルドフラワーが咲き乱れるシーズンがやってくるのです。

西オーストラリアには数々のワイルドフラワースポットがありますが、中でも世界的に有名なのがパースから北上するノーザンハイウェイの先、ダルワリヌという街からムレワまで伸びる約700キロの道。
正式名称はムレワ・ウービンロードなのですが、別名「ワイルドフラワーウェイ」といわれるほどの花の名所です。

ワイルドフラワーウェイをバスで走ると、車窓からはユーカリやワトル(アカシア)やグレヴィリア、そして、ピンクや黄色、白色のエヴァーラスティングなどが見られます。
場所によっては地平線まで見渡す限りの花畑の場合も!
このワイルドフラワーウェイでは、とても珍しい花と出会える可能性があります。
その花の名前は「リースレシュノルティア(Wreath Lechenaultia)」。
まるで人為的に造ったかのように見事なリース型をしたこの花は、西オーストラリアの中でも、このワイルドフラワーウェイでしか見ることができないという希少種です。
地面にきれいな輪を描く姿がなんとも言えず可愛らしい花です。
乱獲されて激減してしまったため、今ではワイルドフラワー沿いの街の人々が総出で守っているとのことです。

リースレシュノルティア(オーストラリア)

さて、ワイルドフラワーウェイを更に北上し、カルバリーのエリアまで入ってくると、今度はボトルブラシほどの巨大な綿帽子を持ったムラムラ(Mulla-Mulla)の花畑が一面に広がります。

このように8月から9月にかけて、西オーストラリアでは様々なワイルドフラワーが次々に咲きます。
一つの種類の花が終わると、次の種類が満開を迎えるので、西オーストラリアを縦断すれば一度に様々な花に出会えるのです。

西オーストラリアは世界で一番古い土地(40億年以上の)の一つです。
そして他の大陸から孤立したため、生物達は独自の進化を遂げてきました。
この特殊な環境で遥かな時をかけて命を繋いできた花々には人の心を癒してくれる不思議な力がある気がします。

是非ともユーラシア旅行社のオーストラリア・ワイルドフラワーツアーで癒しのひと時をお過ごし下さい。

ユーラシア旅行社のプリンスエドワード島ツアーで「花子とアン」で話題の「赤毛のアン」の舞台へ
グリーンゲーブルズ(プリンスエドワード島)

「赤毛のアン」の翻訳者として知られる村岡花子さんの半生記「花子とアン」が注目されています。
本日は、「赤毛のアン」に登場する人々をご紹介したいと思います。

「マシュー・カスバート」
ノバスコシアの孤児院からやってきたアンを引き取ったおじいさん。
本当は農作業を手伝ってくれる元気な男の子がやって来る予定だったのですが、孤児院との連絡ミスでひょろひょろの体のアンがやってきてしまったのです。
ところが、ブライトリバー駅にて、アンに初めて会った瞬間から、アンの想像力の豊かさに引き込まれていきます。
穏やかで、心優しいアンの育ての親。
物語では、妹のマリラに叱られるアンを温かい言葉で励ます姿がしばしば見られます。
女性と話すことが、この世で一番苦手なことというマシューですが、アンといると、不思議と笑顔がこぼれてしまうのです。
第一巻『赤毛のアン』のラストで、カスバート家の全財産を預けていた銀行が倒産したショックで心臓発作を起こし、亡くなってしまいます。

「マリラ」
マシューの妹でグリーンゲーブルズでマシューと二人で静かに暮らしていました。
とても生真面目で、アンを育てるにも頑なに自分流の教育スタイルを貫き通しました。
自分たちの元々の希望通りでない女の子のアンがやってきた時は、アンに厳しい言葉を浴びせ、連れ帰す為に馬車に乗せ、孤児院と連絡をとっていた女性の元へ向かいます。
しかしその道中、アンが話した、悲しい生い立ちにマリラの同情心は突き動かされ、やっぱりアンを自分たちで引き取ろうと決心するのです。
マシューが心臓発作で亡くなった時には、とても頑固だったマリラが初めてアンの前で涙を見せます。
この場面はこちらも涙なしには読めません・・・。
その後、アンとマリラは本物の親子のようになっていくのです。

ユーラシア旅行社のプリンスエドワード島ツアーでは、マシュー、マリラ、そして幼少時代のアンが過ごした「グリーンゲーブルズハウス」を訪ねます。

「ギルバート・ブライス」
子供の頃はアンをからかってばかりいて、アンにとっては憎き少年でした。
アンの赤毛を「にんじん!にんじん!」と笑うギルバートに怒ったアンが、石盤で彼の頭をたたき、なんと石盤が粉々に割れてしまいます!
ギルバートのアンに対するハートはこの瞬間に奪われてしまいます。
大学生になるとギルバートとアンは良き勉強のライバルとなり、入学試験ではなんと2人同得点でトップになるのです!
ギルバートは小学生の頃の石盤事件から、ずっとアンを思い続けていますが、アンは素直になれません。
「あんな奴、一生許さないんだから!」といった具合です。
ギルバートは過去2回、アンにプロポーズをしますがいずれも失敗に終わります。
しかし、彼が腸チフスにかかり死にかけたとき、アンは「自分は今まで間違っていた!なんて馬鹿だったのだろう・・・。やっぱりギルバートが好き!」と気が付くのです。
病の峠を越えたギルバートは、再びアンにプロポーズします。
そして、ここで見事、ゴールインするのです!

ユーラシア旅行社のプリンスエドワード島ツアーでは、このプロポーズの舞台「恋人の小径」も訪ねます。
 果樹園の下から林を抜け、農場のはずれまで続いている道です。

「ダイアナ・バリー」
プリンスエドワード島アボンリー村に住むアンの大親友(アンは“腹心の友”と呼んでいます)。
アンとは対照的に漆黒の髪、瞳を持つ美人でお嬢様的存在。
二人は出会ったその日に、「お互い、一生、友達でいましょうね」と誓いを立てます。
そして第一巻『赤毛のアン』、第二巻『アンの青春』では、常にアンと一緒にいることが多い存在となります。
何事も表現がオーバーなアンに初めはクスクス笑っていたものの、いつのまにか、アンの前向きさ、想像力の豊かさ、スラっとした体系に彼女もまた魅かれて行きます。

ユーラシア旅行社のプリンスエドワード島ツアーでは、アンの住むグリーンゲーブルズから、ダイアナの住むオーチャードスロープへと続く、「お化けの森」も訪ねます。

ユーラシア旅行社のプリンスエドワード島ツアーでは、アンが、レドモンド大学で見事エイブリー奨学金を手に入れることとなる嬉しい知らせをダイアナから聞き、合格通知を受け取りに走った「郵便局」も訪ねます。


5月11日 THE世界遺産「世界で唯一!赤と白の大砂漠 ナミブ砂海(ナミビア)」放映
ナミブ砂海

5月11日(日)18:00~18:30、TBSのTHE世界遺産「世界で唯一!赤と白の大砂漠 ナミブ砂海(ナミビア)」が放映されます。
昨年、世界遺産に登録されたばかりの、アプリコット色が美しいナミビアのナミブ砂海は、約8000万年前に出来た世界最古の砂漠です。
砂海はアンゴラと南アフリカとの国境まで広がり、大西洋の海岸線と砂漠が直接接していることでも有名です。
しかしながら、見渡す限り砂だけのこの地に多種多様な動物たちが生息していることを知っている方はそれほど多くいらっしゃらないのではないでしょうか?
実は、降水量も少ない過酷な地にもかかわらず、ウシ科のオリックスや、キツネに似たジャッカルなどが生息しています。
また、番組の中ではカメレオンやヤモリの仲間など可愛らしくユニークな動物達も登場するようです。

さて、ユーラシア旅行社でもナミブ砂海へご案内するナミビアツアーをご用意しております。
ユーラシア旅行社のナミビアツアーでは、ナミビア旅行のハイライトのナミブ砂海だけではなく、古くからこの地に住むコイ・サン族の岩壁画や、赤土と泥を肌に塗り独特な容姿をしたヒンバ族の村にもご案内します。
番組を観た後は実際にご自身の足で美しい砂漠に足を運んでみてはいかがですか?

ユーラシア旅行社で行くナミビアツアーの魅力はこちらから

ユーラシア旅行社で行くスロヴェニアツアー
ブレッド湖(スロヴェニア)

本日は、スロヴェニアにある唯一の島ブレッド島をご紹介します。
ブレッド島は、スロヴェニアの中で2番目に大きい湖ブレッド湖にあります。

ボートで島を訪ね、99段の階段を上ると聖マリア教会が目の前に現れます。
この教会は17世紀に建てられたバロック様式の教会です。
近年、この教会で結婚式を挙げることがスロヴェニアでは大変人気だそうです。
ただし、結婚式を挙げる際には試練が一つあります。
それは新郎が新婦を抱え、99段の石段を上りきるということです。
来る結婚式に向け、新郎はトレーニング、新婦はダイエットに励むそうです。
大変な試練ですが、結婚式の予約は1年先まで埋まっているとのこと。
この神秘的で美しい景色の中で結ばれた夫婦は、一生、その時のことを忘れることがないような気がします。

ブレッド湖も訪ねる ユーラシア旅行社のスロヴェニアツアーはこちら

ユーラシア旅行社の南アフリカツアーでネルソン・マンデラゆかりの地へ
ロベン島(南アフリカ)

昨年12月に多くの人々に惜しまれこの世を去ったネルソン・マンデラ。
彼は1960年代の反アパルトヘイト運動の指導者として、人種差別に立ち向かった人物として有名です。
1964年からの27年間、ロベン島にて獄中での生活を余儀なくされました。
また、そこでも人種差別によって黒人の人々には重労働、そして粗末な食事、ぼろ雑巾の様な衣服を強要され、悪環境の結果、獄中死する人も少なくなかったそうです。
しかし、そんな中でも希望を持ち続けたマンデラ氏は密かに外部に通じていました。
そして1990年には釈放され、4年後には南アフリカ共和国の大統領になりました。
彼はその後も世界中から支持され続け、人種差別のない「虹の国」を目指しました。

そんな彼の映画が5月24日から公開を迎えることとなりました。
その名も『マンデラ 自由への長い道』。
内容は彼が著した書籍を映像にしたもので、人種差別との戦いが描かれています。
当時の人種差別を受ける黒人の人々の映像も含まれていて、予告編だけでも胸を打たれてしまいます。
「生まれながらに肌の色のせいで、他者を憎む者などいない。」
報復するのではなく、許すことで「虹の国」への実現を目指したネルソン・マンデラの長い戦いを是非皆様もこの機会にスクリーンで観てはいかがでしょうか。

ユーラシア旅行社の南アフリカツアーではマンデラ氏が収監されていたロベン島や、プレトリアでは1963年に逮捕されるまで住んでいたマンデラ・ハウスに訪れます。

ネルソン・マンデラ氏ゆかり後も訪ねるユーラシア旅行社の南アフリカツアーはこちら





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